さて「女性総合職」と言う単語も死語になりつつある昨今。
それでも我が社ではいまだ根強く「総合職」と「一般職」に職種を分けて採用を継続しています。
良くも悪くも、旧態依然の日系企業であるところの我が社。
安心の終身雇用、
安定の年功序列、
そして
ナチュラルな男尊女卑!
働かないオジサンを筆頭に、古き良き高度成長期の日本の文化を今なおしっかりと継承しつつ、表向きではダイバーシティに女性活躍バンザイ、そして様々な変革を推進している風の大所帯。
それが田舎に居を構える、令和の時代の我が日系企業の正体です。
…と、少なくとも、中に勤めているわたしは感じています。
そんな日系企業に務める「女性総合職」は、日本全体の人口で%しかいない超レアな人種だそうですが、彼女たちは子どもを産んだらどうなるのか?
彼女たちが評価され昇進する道はあるのか?
あくまでもワタクシmia目線にはなりますが、ご紹介したいと思います。
諸悪の根源は「長時間労働」
我が社ではいちおう「時短勤務という属性で評価を下げることはしない」と従業員業務評価基準なるものに明記されています。
とはいえ上司の言葉を借りるならば、
「でも周りが10とか12とか、20とか頑張ってるところ、時短だと頑張ってもmaxが8になっちゃうから、どうしても8の評価しか付けられないよねー」
ということで、基準はどうであれ、概ね実態としては「時短=評価しない」ということになっている模様です。
面と向かってこんなことを言われた日には、しかも、よりによってその上司が家事育児を99%放棄しているモーレツ社員パパだったりした日には、かーなーりモヤモヤしてイライラするのがアタリマエであり、
「頑張っても評価されないなら、頑張るのやめよかな…」
という結論に落ち着くワーママが一定数いるのも、またアタリマエでございます。
いやいや、、
部下への動機づけは大事なんですけどね…
上司どの!?
言いたいことは、まああぁーーー、色々あります。
ハイ。
でもまぁ…
深く考えずとも、アタリマエといえばアタリマエです。
例えば。
妻が時短勤務している家庭の夫側の平日が
「仕事:子ども:家事=98:2:0」
ぐらいだとすると、働く妻側の場合は、
「仕事:子ども:家事=50:40:30」
ぐらいなんじゃないかなって思うんですよ。
ママのキャパ、毎日100超えてるヨー
そう、ママのキャパは100超えていますが、仕事の部分だけを切り出すと、夫95に対して妻は50。
アタリマエですが、惨敗(?)です。
逆に、なぜ夫は95のパワーを仕事に充てられているのか?
それは、
『自分の時間も、家族との時間も、ある意味全てを犠牲にして、持てるもの全てを全力で会社に捧げているから』
に他なりません。
時間を無限に投入できる人たちと、時間に制限があるママたち。
長時間労働が全ての諸悪の根源で、私たちはそもそも同じ土俵に上がれていないのです。
頑張れば手に入る、という幻想
ですが、同じ土俵に上がる必要などそもそもない、と今のわたしは考えています。
私たち日本人は、とにかく頑張ることが大好きです。
努力至上主義と言っても良いかもしれません。
幼い頃から、学校教育で、会社でも、何でも頑張るよう叩き込まれてきたはずです。
当然、大学受験を勝ち抜き、就活戦線を勝ち抜いてきた、ある意味“優等生でマジメな“女性たちは、就職後は男性と同じように“頑張って“会社に時間を捧げまくってきたはずです。
女性総合職、という人種は、とにかくそういう人たちが多いように思います。
「これまで頑張ってなんとかしてきた」経験が仇となって、出産後も「とにかく頑張らなくては」「とにかく仕事に投入できる時間を増やさなければ」「生産性をもっと上げなければ」とやっきになり、心のバランスが取れなくなるママもいるのではないでしょうか。
わたしも、その1人でした。
でも、子どもを産んだぐらいで生産性が爆上がりするなら、誰も苦労しません。
結局、もっと時間を投入しよう、ということに全振りしがちです。
しかしながら、努力は過大評価されすぎています。
大事なのは、方向性です。
このアタリマエの事実に気づいた瞬間、わたしは目の前がパッと明るくなりました。
30代に育休からの復職のタイミングでパラダイムシフトが起こり、今までとは全く別の価値観を持つ人間に生まれ変わるチャンスを得られるのは、ある意味女性の特権であり、むしろとても幸運なことだ、と今振り返ると思うのです。
「わたしの人生、頑張って手に入れたいものは、一体何なんだろう?」
物事の本質はトレードオフ
ここで、世の中の原理原則を一つ。
「何かを得ることは、何かを手放すことである」
いわゆるトレードオフというやつで、何もかも手に入ると思うから苦しくなります。
上のケースの夫が95のエネルギーを仕事に投入できているのは、子供との時間をゴッソリ捨てているからです。
つまり、夫だって全てを手に入れているわけではありません。
(まぁ、何故かそう見えないかもしれませんが…)
またトレードオフを理解する上で、「優先順位付け」を正しく理解することも、また重要だと思います。
かの有名な「7つの習慣」からの引用で、
大きさの異なる石、砂利、砂をひとつの瓶に入れようとしたとき、どの順番で入れるか?という問題を解いてみましょう。
さて、どの順番で入れましょうか。
少し考えれば誰でも分かることではありますが、答えは「石→砂利→砂の順番で入れる」です。
砂利は石と石の隙間に入っていくことができるし、砂は石や砂利の隙間に入っていく。
だからこの順番で入れることで、想像以上の量の石、砂利、砂をすっかり瓶に収めることができるし、むしろ、最後に水を注ぎ入れることだってできる、ようになるわけです。
でも、砂→砂利→石、の順番で入れてしまうと、石は全く入れられなくなる。
本当にただの石ならばそれでも良い。
でも、石が自分にとって1番大事なもの、例えば「子ども」だったら…?
このお話は、最優先事項を優先するプロセスを説いているのです。
「たくさんやるほど良い」というパラダイムを持っていると、限られた時間でできるだけたくさんのことをしようとする。しかしいくらたくさんやっても、そのどれもが重要なことではないとしたら、何の意味もない。
第Ⅱ領域の目標は、「大きな石」である。それ以外の活動––––水、砂、砂利––––を先に入れてしまったら、大きな石を入れようとしても入らない。それどころか、水や砂や砂利があふれ出て、めちゃくちゃになってしまう。7つの習慣 最優先事項/スティーブン・R・コヴィー
物事はトレードオフだけど、それでも、順番さえ間違えなければ、想像した以上のモノを取り込むことができる。
このお話は、そんなことを教えてくれているようにも感じています。
人事は、会社からのメッセージだ
何だか壮大な話になってしまいました…。笑
言いたいのは、子どもの優先順位を上げる以上は、仕事に充てる時間が短くなるのは当然で、スーパーウーマンでない限り、結果的に仕事量も少なくなることは、至極当然だということです。
頑張れば何もかも手に入るという幻想を手放し、自分にとって本当に大事なものを優先させるためにトレードオフする。
人生は、それ以上でも、それ以下でもありません。
結局のところ、人事は会社からのメッセージです。
仕事にフルコミットしないワーママに評価が付かない、というのは、そういう人物は我が社のマネジメントには相応しくない、という会社からのメッセージであると受け止める他ありません。
「長時間労働できない社員は昇格させられない、つまり、マネジメントや管理職には相応しくない」と、会社側は評価や人事という通達を通じて、無言で語っているのです。
逆にいうと「周りより仕事量は少ないのに評価される」のは、仕事ぶりがそれなりに周囲の期待値以上に達したうえで、会社がママの視点や経験を持つ人物をマネジメント以上の層に取り込みたい時でしょう。
無思考でガムシャラに頑張ったから評価されるわけでは、決してありません。
人事評価ゲームのルールを理解するべきです。
この人事評価ルールを理解したうえで、今の会社に見切りをつけてサッサと転職するか、現職に留まるか、カードはいつでも私たちの手の中にあります。
もちろん、留まるのは、ぶら下がるためではありません。
自分のために、どこに行ってもやっていけるだけの自信やスキルや経験を、身につけるために留まるのです。
子育て期に優先するべきは、子どもとの時間、そして仕事でのチャンスを逃さないことです。
決して、周りの社員と比べて、子どもとの時間を減らしたり、あるだけの時間を仕事に投入しようとするような姿勢ではない、と思います。
miaの仕事への向き合い方
「自分が死ぬ時に後悔することがないよう」に、現在のわたしは子どもと会話する時間、触れ合う時間、そして、子どもの睡眠時間確保を、自分自身の最優先事項と捉え、子どもを軸に生活の全てを組み立てています。
ポイントは、子どものためではなく、全て自分のため、です。
よって、6時間の時短勤務を選択しています。
通勤に片道1時間かかるので、
余裕はほとんどないけどねー
とはいえ職場では「わたしは時短勤務なのでできません!!」というスタンスを取ることはしません。
子育て期間は、多分あっという間に過ぎます。
子育てが終わった後の人生のほうが、長いのです。
自分にとって成長の機会だ、と感じる出張があれば必要に応じて行きますし、子どもが寝静まったあと、無理のない範囲で週に1〜3回ほどは残業もしています。
時短勤務はずるいと周りに言われる…。
オットは好きなように残業して飲み会行ってずるい…。
育休から復職した後、自分の中からネガティブな感情がドンドン湧き出てくることをわたしは止められず、それらと向き合い続けることは本当に大変でした。
けれど、上述したような考えに至ってからは、あまり悩むことも焦ることも無くなったように思います。
もちろん子どもが成長して生活が少しラクになったからだ、というのは一つ理由としてあるかもしれませんが、それ以上に、自分の中での「仕事」の立ち位置が変わったのだと思います。
自分の人生を彩る手段の一つが仕事であって、それ以上でもそれ以下でもないし、心と体が元気であれば、何度だって挑戦できるはずだ、と今では思えるのです。
だから、評価がどうとか、そんなことで悩んでいるうちに人生が終わってしまうことの方が不幸だ…、と心から思えるようになるまで悩んだ結果かな、と思っています。
ずるいと言う人には、好きに言わせておけば良いのです。
あなたの人生には、何の関係もありません。
どれだけの覚悟を持っているのか、思いがあるのか、見ている人には必ず伝わります。
自分が影響を及ぼすことのできる範囲に全集中しましょう。
周りの人全員から良く思ってもらう必要など全くないし、そんな時間も持ち合わせていないのです。
夫をずるい、と思うのは、自分に厳しすぎるからです。
夫を恨めしく思い「オマエも不幸になれ」と呪うために家族になったのではないはずです。
また自分を犠牲にし続けるやり方は、絶対に長続きしません。
そのままでは「子どものために」が「子どものせいで」にすり替わる日が必ずきます。
ぜひ、自分だけの楽しみを見つけ、毎日自分だけの時間を持つようにしましょう。
何か少しでも、参考になりましたら嬉しいです。
ここまで読んでくださった方がいましたら、ありがとうございました^^